
いわき市平下神谷のマルトSC草野店で、月に一度、「スローショッピング」が開かれています。
買い物に不便を感じている方が、急がずに、自分のペースで買い物を楽しむための時間です。9月2日の様子を、お伝えします。
「どなたでも」の取り組みです
スローショッピングの対象になるのは、認知症のある方だけではありません。ものわすれや認知症のある方、障がいのある方はもちろん、普段の買い物に不便を感じている方、レジの前で焦ってしまう方。どなたでも参加できます。対象を区切らないことが、この取り組みのいちばんの特徴かもしれません。
買い物は、暮らしのなかでいちばん身近な外出です。そして、身近であるだけに、家族や周りの人が簡単に代わってあげられるものでもあります。だからこそ、不安があると、あきらめがちになる。レジで手間取るのが気がかりで、商品を選ぶのに時間がかかるのが申し訳なくて、少しずつ足が遠のいていく。やがて、誰かに買ってきてもらうようになる。
でも買い物は、必要なものが手に入ればそれでいい、というものでもないはずです。納豆にもヨーグルトにも、棚にはいくつも種類が並んでいます。その中から、今日はどれにしようかと選ぶ。買うつもりはなかったのに、通りかかった売り場で思いがけないものに出会ってしまう。選ぶ楽しみ、出会う楽しみ。買い物には、そういう時間も含まれています。
スローショッピングは、その時間をもう一度、自分の手に取り戻すための取り組みです。
当日の時間は、「ゆっくりおしゃべり」から始まり、「ゆっくりお買い物」、そして「ゆっくりお会計」へと続いていきます。
はじまりは、おしゃべりから
13時30分。マルトSC草野店のイートインスペース「MARUTO CAFE」に、少しずつ人が集まってきます。
認知症のあるご本人とご家族。障がいのある方と、その支援に携わる方。地域包括支援センターの職員。看護学校の学生さん。そして、チームブルーのみなさん。老若男女、あまりに多様な方々がイートインコーナーに一緒にいると、なんの集まりなのか、傍から見ているだけでは分かりません。

[写真]イートインスペースが、この日の交流・相談の場になる
始まりは自己紹介から。そしてこの日のテーマは「夏休みの思い出」。ひとりずつ、順番に一言ずつ話していきます。初めての方も、そこで顔と名前を覚えあうことができます。
看護学校2年生の実習生も参加していました。高齢の方の隣に座り、親身に話を聞いて、いい笑顔で受け答えをしていました。学びに来たはずの人が、その場の担い手にもなっています。
ひとしきり話したところで、さぁ、次は買い物というタイミングで、店長がその日のチラシを持ってきてくれました。「今日はこれが安いですよ」。贅沢にも店長による、その日のおすすめを聞きながら、何を買おうか作戦会議。それでは、売り場へ向かいましょう。

[写真]店長が持ってきてくれたチラシを囲んで、作戦会議
いざ、買い物へ!
この日は、国井さんの買い物に同行させていただきました。サポーターの方と二人、ごく自然な形で売り場を歩いていきます。
ヨーグルトの棚の前で、国井さんが手を伸ばしました。
「これが、タンパク質が多く含まれているし、おいしいから、これがいいんだ」

[写真]売り場で。選ぶのは、あくまでご本人
たくさん並ぶ中から、ご自分で選びます。納豆コーナーでは、
「納豆は、薬の関係もあって、同封されているカラシと醤油は使わないんだ。だから、カラシと醤油が入っていないやつを買う。それに、そのほうが安いんだよ」と。
もし誰かに「ヨーグルトと納豆、買ってきて」と頼んでいたら、この2つが選ばれてきたでしょうか。ヨーグルトと納豆であれば、なんでもいい、どれでもいい、という訳ではない。自分で買い物をするということの意味を、目の当たりにさせてもらいました。
いわきの名物であり、ちょうど旬を迎える梨を「美味しそうだなぁ」と目で楽しみながら、お会計へ向かいます。
時間や後ろを気にしないで済むレジ
14時から15時のあいだ、1番レジには「ゆっくり」と書かれたボードが掲げられます。のんびり歩く亀のイラストが目印の、ゆっくりペースのお会計専用レジです。

[写真]14時から15時は、1番レジが「ゆっくりペースのお会計専用レジ」に
お会計は、買い物のなかで急かされがちな場面です。財布からお金を出す、金額を確かめる。後ろに人が並んでいると、それだけで焦ってしまいます。
でも、このレジなら、財布からお金を出して支払うのも、ご自身のペースで大丈夫。焦る必要はありません。レジスタッフの方の笑顔と対応も、とてもすてきでした。

[写真]お会計。時間を気にせず、ひとつずつ
なお、このレジは認知症のある方専用ではありません。この時間帯であれば、ゆっくり会計をしたいと思った方は、どなたでも使えます。
認知症だからといって、買い物というごく当たり前の日常を手放さなくてもいい。国井さんの買い物の様子を見ていて、心からそう思いました。

[写真]買い物を終えて。国井さんとサポーターの長島さん
国井さんを支えていたのは
国井さんの買い物をサポートしていた人がいます。チームブルーのメンバーのお一人、長島さんです。
チームブルーとは何か。それを説明するには、まず「チームオレンジ」の話をしましょう。
チームオレンジは、国が2019年度から進めている取り組みです。地域で暮らす認知症の方やご家族の困りごとと、認知症サポーターを結びつける。認知症サポーター養成講座を受けた方が、さらに学びを重ねてチームを組み、早い段階から続けて支えていく。掲げられているのは、「見守りから一歩進んだ活動へ」という言葉です。
大切な点が、もうひとつあります。チームオレンジには、認知症のあるご本人も参画します。支えられるだけの存在ではなく、地域を支える一員として関わっていく。それが、この仕組みの考え方の中心にあります。
いわき市でも、地区ごとにチームオレンジが立ち上がってきました。平地区では2023年8月に、小名浜地区では2024年11月に。そして、平地区のチームオレンジにつけられた名前が「チームブルー」です。オレンジなのに、ブルー。
チームブルーは、自分たちのことをこう説明しています。
「認知症サポーター養成講座で学んだ知識をブラッシュアップし、支援する側・される側を超えた共生の地域づくりを進めるボランティア団体です」
では、なぜオレンジではなくブルーなのか。名前の由来を伺ってみました。駆け出しであることを示す「若葉マーク」の意味と、大谷翔平選手がドジャースに移籍した当時のワクワク感。その両方にあやかって名付けられたのだそうです。だから、ドジャースのシャツをそろいで着ている方もいます。
活動はスローショッピングだけではありません。郷ケ丘一丁目館で毎月第4火曜日に開かれる「オレンジカフェin郷ケ丘」、そして個別訪問。この3つを柱に、平地区で活動を続けています。

[写真]そろいのブルーでガッツポーズ。チームブルーのメンバーと国井さん
アイスクリームを、ひとつ
チームブルーについて、もう少し掘り下げてみます。メンバーのお一人である武藤さんに、この活動に参加したきっかけを伺いました。
以前、認知症のある方の買い物を、一度お手伝いしたことがあったそうです。
買い物を終えて、イートインコーナーでひと休み。その方は、買ったばかりのアイスクリームを口に運びました。「本当においしいなぁ」。思わずこぼれた、満面の笑顔でした。
と、ふいに手が伸びてきます。アイスをひとつ、武藤さんへ。
言葉はありません。でも、間違いようがありませんでした。──あなたも、食べな。
支えるつもりで隣にいた自分が、真っ先にもてなされていた。その瞬間の衝撃と嬉しさが、どうしても忘れられなかったといいます。
手伝いに行ったはずが、手渡された。支える側と支えられる側の関係が、その瞬間、ゆるくほどけた。チームブルーが掲げる「支援する側・される側を超えた共生の地域づくり」の、小さな、けれど実際に起きた物語。これをきっかけに、武藤さんはチームブルーの活動に参加していくことになります。

[写真]チームブルーのメンバーと武藤さん。水泳のチャンピオンでもあるのだ!
店長に聞きました
この場所を毎月提供しているのが、マルトSC草野店です。イートインスペースを貸し、レジをひとつ空ける。おしゃべりの時間には、店長自らチラシを持って現れる。続けていくには、お店の理解が欠かせません。森店長に、お話を伺いました。
――始まったきっかけは?
市のほうからお話しいただいて、ぜひうちでやりましょう、ということで。もともとは別の店舗だったんですが、イートインのスペースの問題が出てきまして。じゃあ、うち(草野店)でやろう、と。
始まったタイミングは今(2026年)から4年前。私が店長として草野店に赴任したのとほぼ同じ時期。以来、毎月続いてきました。
――続けてきたことで感じることは?
我々、買い物がしにくい人がいるというのが、意識の中にあまりなかったなと、今振り返れば感じます。このスローショッピングを取り組むことによって、買い物に難しさを感じている人がいるということを実感することができました。そして、そういう人にも来ていただけるような店というのは、やっぱり大切だなとも思うようになりました。
やっていくうちに、車椅子の方が通れるルートはどうかなとか、値札の色が派手すぎて見づらくないかなとか、商品を並べる高さは高すぎないかなとか、そんなことに意識が向くようになっていきました。これからの改善だとは思うんですけども、どんな方にとっても、使いやすい売り場ということを、どんどん工夫していけたらと思っています。
――スタッフからの不安の声はありましたか?
負担にならない範囲でやっていこう、ということで始まっていますので、特にありませんでした。無理をせず、できる形で続いている。長く続いている理由は、たぶんそこにあると思います。

[写真]マルトSC草野店・森店長。手にしているのは認知症サポーターのマスコット
「いわき市認知症あんしんナビ」も紹介しました
この日は、おしゃべりの時間をお借りして、参加されたみなさんに「いわき市認知症あんしんナビ」を紹介させていただきました。
チラシのQRコードを、それぞれのスマートフォンで読み込んでもらい、実際に画面をタップして使っていただきました。
「これはいい」
「こういう"つながる"仕掛けが大事だよね」
そんな声が上がりました。森店長にも、お店にカードを置いて配ってはどうかとご提案したところ、「それはいいかも」と応じてくださいました。

[写真]チラシのQRコードを読み込んで、実際に「あんしんナビ」を使ってもらった
線を、ゆるめてみる
実は、この日飛びこみで参加された方がいらっしゃいました。スローショッピングのチラシを見て、来てみたと。伺うと、認知症でもない、ただみんなと一緒にゆっくり話をして、ゆっくり買い物をしてみたかったというのです。また、認知症当事者である国井さんは、今日は買い物をサポートしてもらっていましたが、オレンジカフェでは、お手伝いをする側にまわられるそうです。
支える人と、支えられる人。ここでは、その線がピンと張られていません。線はゆるまっていて、だらんと地面に置かれているような感じです。ピンと張られていると、誰かと誰かを区切ってしまいがちな線が、誰でもまたいで通れるものになります。
認知症のある人と、ない人。障がいのある人と、ない人。線がゆるむと、その定義も、境界も、だんだんぼやけていきます。地域共生社会というのは、案外、そうやって線をゆるめていくことなのかもしれません。
今日カゴを持ってもらった方が、来月は誰かにお茶を出しているかもしれない。買い物に不便のない方が、ただ「ゆっくり買い物がしたいから」と参加していてもいい。その、いい意味での曖昧さが、この場にはありました。
一人ひとりペースは違う。一人ひとりが尊重される社会や「地域共生社会」って、誰にも急かされず、それぞれのペースが尊重される社会のことなのかもしれません。
気になった方は、まずのぞきに来てみませんか。予約はいりません。買い物をしなくても、おしゃべりだけでも構いません。ご本人おひとりでも、ご家族やお友だちとご一緒でも。専門職への相談も、その場でできます。
コーヒーを片手に、みんなと一緒にイートインコーナーに、ちょっと座っていく。それくらいの気持ちで、どうぞ。

[写真]この日の参加者のみなさんと
スローショッピング 〜おしゃべり処 あおいそら〜
毎月第1または第2水曜日 13時30分〜15時00分
(ゆっくりお会計のできるレジは14時00分〜15時00分)
会場:マルトSC草野店 MARUTO CAFE イートインスペース(いわき市平下神谷字仲田120)
参加費無料・予約不要
主催:チームブルー(認知症サポーターによるボランティア団体)/協力:マルトSC草野店
お問い合わせ:チームブルー事務局(平地域包括支援センター) 電話 0246-22-1174
取材・文・写真:猪狩僚(合同会社ソラリコ)
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