
いわき市に、3つ目の認知症疾患医療センターができました。小名浜の石井脳神経外科・眼科病院です。指定は令和8年4月。脳神経外科の病院がセンターになるのは、いわきでは初めてのことです。
紹介状がなくても、飛び込みでも診る。その日のうちにMRIを撮る。病院長の高萩周作(たかはぎ しゅうさく)先生が何度も口にしたのは、「スピード感」という言葉でした。
脳卒中のハブから、認知症へ
――まず、病院と先生のご経歴から教えてください。
ここは昭和60年に、「脳神経外科」と「眼科」でできた病院です。当時は主に、眼科の手術と、脳腫瘍や外傷といった脳神経外科の手術をやってきました。私が来たのが平成9年ですから、もう30年近くになります。
その当時、いわき市で困っていたのは、脳卒中を診るところがすごく少ないということでした。市内に3か所しかなくて、35〜6万人の守備範囲があった。それで「いわき脳卒中地域連携研究会」を立ち上げて、脳梗塞や脳出血を起こした患者さんを、一般の病院やクリニックでも診てもらえるようにしていきました。いわき市の脳卒中のハブになるようなイメージですかね。
――そこから、認知症へ。
脳卒中に関しては、その研究会のネットワークによって、とりあえずケアが行き届くようになりました。
ただ、人口のいちばん分厚いところ、団塊の世代のような大きな波が、そっくりそのまま横にスライドしていくわけです。中高年、壮年期に脳卒中を起こして、治療を受けて、生き延びた方々。その同じ方々が年を重ねて、後期高齢者の世代に入っていく。すると今度は、同じ方々が認知症で困りはじめる。10数年前くらいから、認知症を診るところがない、ということになっていきます。
認知症の診療は、長く精神科が中心でした。精神科の先生が一生懸命診てくださっていたんですけど、いかんせん診察に1時間、2時間とかかる。そうすると、初診まで待っていただくことになる。認知症はやることがいっぱいあって、診察や治療ばかりじゃなく、介護保険の手続きとか、運転免許のこととか。スピード感を持って対応しないと、ご本人もご家族も困ってしまうんですね。
(編集部注:国の認知症施策は、1982年の老人保健法を起点に「老人精神保健対策」として始まりました。1980年代以降に整備された老人性痴呆疾患治療病棟や老人性痴呆疾患センターも精神科病院に置かれ、現在の認知症疾患医療センターも、その多くが精神科を持つ病院です。)
「困った、困った」という声を聞いて、「じゃあ、うちの病院でこの書類を書きましょうか」と引き受けているうちに、だんだんそっちが増えていった。なので当院は、その時代時代で、いわき市でいちばん困っている神経系の病気に、軸足を移してきた、という感じですね。

「治る認知症」を、見逃さない
一見すると認知症のような症状が出ていても、その原因が別の病気にある場合があります。原因になっている病気のほうを治せば、症状も戻っていく。それを私たちは“治る認知症”と呼んでいます。きちんと初期に診察して治療すれば、認知症にならないで済むんです。
たとえば脳梗塞、脳出血、脳腫瘍、慢性硬膜下血腫。電解質の異常や糖尿病でもなりますし、睡眠薬の使い方を間違えていてもなる。これを見逃さないというのが、我々の一番大事なスタートなんです。それを除いたうえで、本格的な認知症については、手続きに沿ってできるだけ早く、最終的に介護につなげていく。
――ご高齢の男性は、精神科の受診にためらいがあるという話もよく聞きます。
そういう方々には、脳神経外科という、うちの特徴を推してもらえればいいかもしれません。「認知症を調べていると言わないでくれ」とおっしゃって来られる家族も多いですし、「(認知症の診断ではなく)MRIを撮っていないから撮りに行こう」と言って、お父さんを連れてくるご家族もいらっしゃいます。こういうアプローチだと、たいていの方は、検査をすんなり受けてくださいます。脳神経外科としての役割やバリューの一つかなと思います。
「あれ?」と最初に気づくのは、たいてい本人
認知症って、ある日を境に始まるものではないんです。元気な状態と認知症とのあいだに、どちらとも言いきれない時期がある。そこを「軽度認知障害」、略してMCIと呼んでいます。
それを見ていくのに、CDRという検査があります。ご家族からの聞き取りを6項目、詳しく調べていくものです。0だと認知症ではない、1だと認知症。0.5が、さきほどのMCIにあたります。
これまでのMCIというのは、お家の方が「なんかお父さん、ちょっと変じゃない?」「何回も同じことを聞くよ」と気づく段階です。ご本人は普通に生活できています。でも、キーポイントはその前なんですね。MCIの手前、つまりプレMCI状態。他の人は分からないのに、自分が「あ、なんか変だな」と思う段階。「最近、人の名前が出てこないな」と。それ自体は正常の範囲で起こることなんですけれど、一番いいのは、周りから何も指摘されないけれど自分がなんとなく今までと違う、という段階で来ていただくことなんです。
――MRIを撮れば、認知症の診断がつくのですか。
MRIを撮って認知症の診断がつくわけではないんです。逆なんですね。MRIを撮ることで、さっきの「治る認知症」が見つかる。ご高齢の方で一番多いのは慢性硬膜下血腫です。転んで頭をぶつけて、じわじわ出血が溜まってくる。簡単な手術で元に戻るんですけれど、タイミングが遅くなると、今度は脳が戻らなくなってしまう。「認知症だからしょうがないね」と言って時間が経ってしまうのが一番良くないので、できるだけ早い段階でMRIを撮るのが大事かと思います。
坂の傾きを、変えられるかもしれない
――新しいタイプの治療についても、県内では早くから取り組まれています。
アミロイドβという物質が溜まって、脳を壊していきます。そのアミロイドβに直接はたらきかける薬が出てきました。

これまでの薬は、下がっていく坂の途中から、その傾きを少しゆるやかにするものでした。新しい薬は、もっと手前の、ごく初期のところで使います。坂の傾きそのものがゆるやかになるので、「ここから先が認知症」とされる状態に届く前に、寿命のほうが先に来る可能性がある。つまり「認知症にならなくて済むかもしれない」という話なんですね。

ただ、アルツハイマー型に限られますし、どなたにでも、というわけではありません。ご高齢になるほど、いろいろなタイプの認知症が重なってきますから、アミロイドだけ取り除いても効かない。若年性認知症の方や、または早期の段階で、提供したい治療なんです。
紹介状はいりません。その日に撮ります
――受診のしかたを教えてください。
うちは、一般的な病院とちょっと違います。だいたいどこも「紹介状がないと診ませんよ」と外来を抑制しているんですけど、うちは自分で「ちょっと昔と違うな」と思ったらすぐ来てもらえるように、紹介状なしの飛び込みでも診ます。しかも、その日のうちにMRIが撮れるようにしてある。「ちょっと心配だから検査しよう」というところのハードルを、できるだけ下げてやっていますし、病院に行くのを渋っていた親が「行ってみるか」と思ってくれたその日に診ます。気持ちが変わらないうちに検査できます。
――ご家族に、お願いしたいことはありますか。
一度でいいので、若い方と一緒に来ていただきたいんです。ご本人と奥さんのお二人だけだと、正確な診断がつかないことがある。たとえば運転が危ないということで来られても、奥さんも旦那さんが運転できなくなったら困るわけですから、「大丈夫です」としかおっしゃらない。お子さんは心配で一緒に来ますから、そこで話が変わってくる。遠くにお住まいなら、ご近所の方でも、事情をよく知っている方でも構いません。
また、かかりつけの先生には、簡単で構わないので紹介状を書いていただけると助かります。こちらで診断したら、「認知症の診療計画書」を紹介状に添付してお返しします。今後悪化したらこうなります、そのときはここに相談してください、というのが書いてある。それがあれば、ご本人もご家族も、安心して治療を続けられると思うんですね。
三つのセンターは、支え合うネットワーク
――今年4月に、認知症疾患医療センターに指定されました。
それまで10年以上、そういう制度や立場があること自体、分からないままやってきたんです(笑)。ただ、個人の小さな病院でやれることには限界がありますよね。公的なサポートも受けて、もっと広い範囲で連携をつくれたら、もっと役に立てるのでは。そう思って県に相談させていただいて、認めていただきました。
センターになってから、今まで来なかったところからご紹介をいただけるようになりました。飛び込みも増えています。今日も、朝に5人ほど診たうちの4人が認知症でした。地域の要望やニーズはかなり高い。それで、MRIをもう1台入れることにしました。脳の萎縮の程度を測る検査は、今どうしても待っていただくので、それを短くしたいんです。
――舞子浜病院、四倉病院との関係は。
役割分担だと思っています。うちは間口を広げて、軽症で早めの診断のところ。進行して「もう家にはいられない」ということになれば、四倉病院さんが精神科で積極的に引き受けてくださっていますし、診断の難しいタイプが混ざっていて治療も難しいという場合は、舞子浜病院さんにすぐ紹介して診ていただいています。
決して、患者さんの取り合いとか、押し付け合いじゃないんです。ネットワークだと思うんですよね。3つあることで、それぞれの特性を生かして、一番良い形でいわき市に貢献できる。3つになって、ようやくそれができるようになったのかなと。
認知症になっても、関係は続いていく
――認知症の受け止め方も、少しずつ変わってきているように思います。
そうなんです。「認知症のご高齢者をどうやって社会で守っていくか」という話になりがちですけれど、そうじゃなくて。我々もみんな、年を重ねれば認知症になりうるんですから、認知症になったとしても、どうやって社会の一員として関係性を築いていくか、というところだと思うんですね。
僕が時々言わせてもらうのは、「軽い認知症の人が、重い認知症を看る」ということがあってもいい。認知症じゃない人が認知症の人を守る、というだけじゃない。それに、「ここからが認知症です」という区切りがあるわけでもない。みんなグラデーションで、ゆっくりそっちに向かっていきますから。みんなで互いを支え合って、暮らしや地域をつくっていくということだと思います。

「いつもの自分と違う」と思ったら
――最後に、市民の皆さんへメッセージをお願いします。
とにかく早期診断・早期治療の開始ということですね。今は“治る認知症”がありますし、ならなくて済む認知症もあります。いつもの自分、今までの自分じゃないなと思ったら、我々のところでもいいし、画像診断のできる医療機関に受診していただきたい。怖がらないで、かかりつけの先生にちゃんと相談することも大事です。
お薬も、一律ではありません。認知症のタイプと、その時期によって、治療やお薬も変わっていきます。たとえば、怒りっぽくなったり、財布がなくなったと言って警察を呼んだり、ご家族が一番手を焼く時期がある。そうなっても、適切なケアや薬の選び方で、朗らかなおじいちゃんに戻って、それきり一度も警察を呼ばなくなった、という方もいらっしゃいます。
きちんと診察をして、タイミングを間違えずに治療すれば、「どこかに入院させないと」と思っていた方でも、お家でご家族と一緒に暮らせるんです。だからこそ、早期の診断や適切な対応がとても大切です。
取材の途中、高萩先生は何度も手のひらで空中に線を引いた。ゆるやかに下っていく坂と、その手前で分かれるもう一本の線。早く見つかれば、この先の傾きが変わる。そういう話だった。
いわきで、脳神経外科の病院が認知症の入り口をひとつ広げた。紹介状はいらない。おかしいなと思った、その日でいい。
石井脳神経外科・眼科病院(福島県認知症疾患医療センター)
いわき市小名浜林城字塚前3-1/TEL 0246-58-3121
診療科:脳神経外科・眼科・リハビリテーション科(脳ドック・物忘れ外来)
もの忘れのご相談は、かかりつけ医や地域包括支援センターからのご紹介のほか、紹介状がなくてもお受けしています。
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